本厄ボス

2015年も残りあと僅か数時間。
今年は何と言っても本厄で、当初からビビりまくって迎えた一年でしたが。
わたしの元に本厄ボスが降臨したのは、退職したり、短髪にしたり、転職活動したり、旅行行ったり、今年イチ慌ただしかった7月のこと。

周りのお姉様方は大概「本厄は色々あったわー!」とか言うくせに、肝心の色々については何も教えてくれなかったりするけど、その気持ちが何となく分かった。
振り返りたくないんだわ。
でもわたしはマックスレベルの本厄と対峙してみて、振り返りたくない気持ちもあるけど、それ以上にこの気持ちを吐き出さずにはいられない。
だって何かもう耐えられない。

何があったのかと申しますと。

かつては親友だと思っていた友人が、結婚したらしいんです。
まぁ別にそれは喜ばしいことなので全然いいんですけどね。
本人から直接の連絡がなかったのはめちゃくちゃ残念ではあったけど、本当に幸せになって欲しいと思える大切な友人だったので、ゴールインできたことはとってもめでたいことだと思うんですよ。

でも問題はここからで。

その友人にSNS上で、ブロックされていたことが判明したのです。

驚かなかった訳じゃないし、
ムカつかなかった訳じゃないけども、
それよりもなによりも。

泣きました。

嗚咽が出るほど泣きじゃくり!ってわけではないけど、悲しくて涙がポロポロ出た。
色んな気持ちがこみ上げたけど、悲しみが一番強かった。
あんなに仲良しだったのに、もう元には戻れないんだなぁという事実を悟って、涙が出た。

実際にいつからブロックされてたのかは謎だし、できれば知りたくなかった事実だけど、知ってしまった以上は、もう以前のような関係には戻れない。
そもそも向こうにとってはとっくに要らない友人となっていたわけだし。

確かにSNS上で彼女のアカウントを見かけなくなったことには気づいてたんですよ。
でもそうゆうとこ鈍感なんで、単に彼女がアカウントを削除したもんだと思ってたから、まさか自分がブロックされていたなんてツユ程にも思わなかった。
でも、ある日おや…?って思うことがあって、いや…まさかな…と思いつつも確認したら、ブロックされている事象を目の当たりにしてしまい、頭の中が真っ白になりました。

しかしブロック機能というのは残酷だね。
ブロックをするということは、相手を排除することだと思うんだけど、もしその事実がその相手に知られたとしても別に構わないからできるんだろうし。
立場が逆で、もし自分がその相手にブロックされた側だったとしても別に全然平気だからこそ、できるんだろうし。

確実に言えることは、そこに愛はない。

どうでもいい相手だからこそできる。
そう思うと、今まで築き上げられた友情がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえてきた。
まぁもう既に崩れていたのに、それに気づいていなかっただけだけど。

ブロック機能なんて自分では使ったことがないし、自分が誰かに使われるなんて想像だにしていなかった。
そもそも金銭トラブルとか、恋愛絡みの喧嘩など、よっぽど重大な事態が起こって初めて発動する機能だと思ってたから、こんないとも簡単に使われるなんて思ってもいなかった。

ブロック機能を紹介しているサイトでも
「相手を強く拒否する機能です。友達ではなく知り合いでもないようなユーザーならまだしも、オフラインで交流のある(あった)ユーザーをブロックしてしまうと、後々の人間関係に修復困難な問題を生じさせてしまうかもしれません。友達から削除する行為はブロックに比べたら弱い拒否感情を表す行動ですし、自分の投稿を閲覧されたくないだけの場合や自分のタイムラインへに投稿されたくないだけの場合には、そのように設定することも可能です。Facebookでは、ある程度柔軟に友達との距離感を変更できる設定が用意されているので、ブロックをしてしまう前に、まずはそれらの設定を活用してみることをオススメします。」

という風に書かれていた。

削除を上回る、最上級の拒否。
そう、わたしの存在は彼女に強く拒否されたのだ。
もう修復できる訳がない。

わたしがどんなにショックを受けるか承知の上でされたんだろうな~
むしろそれを狙ってやったなら、彼女が狙った以上のショックを受けているから、大成功だ。
でもそこまで恨まれる覚えはなくて、どっちかというとわたしが約束を破られたほうなので、わたしが怒ってブロックする方がまだ自然な流れなのにな~

そしてこんなことを書いてるサイトもあった。
「友達一人にブロックされたからと言ってあなたの長い人生から考えると大したことないです。
しょうもないブロックをするような友達よりも、なにも気にしないありのまま自分でいれる友達作りを始める方が、ブロックされているかを確認するよりよっぽどいいような気がします。」
もう確認しちゃったよ。遅いよ。
本当に知りたくなかった事実だけど、確かにこの人の言う通りだと思った。
ブロックって。
ほんましょうもないことされたもんや。
もし今後彼女の身に何か不幸が起こったら、絶対にこの罰や!バチ当たればええねん!と思うことにしたが、やはりすぐには立ち直れない。
でも、このままずっと落ち込み続けるわけにはいかない。
もう壊れてしまった友情をこのままずっとうじうじ思っていても何も始まらない。

今後は誰かのお葬式くらいのよっぽどの集まりがない限り、わたしが彼女に会うことはもう二度とないんだろうと思っている。
大好きな友人だったので、今はまだとってもショックだしとっても悲しいけれど、暫く傷は癒えないだろうけど、何年か後にこの日記を振り返ったときには「ああ~そんなこともあったよね~、あはは!」って笑えていることを切に願う。

実はこんなこと、ブログにぶちまけていいものか迷いました。
本当は夏に対峙した時点で、ここにぶちまけてしまおうとしたんだけど、何だかまだ事態を冷静に受け止めきれず、ちょっと一旦、落ち着こう、わたし…と、思い、とどまりました。
そして冷静に受け止めて、ようやく綴ることができました。
年の瀬を迎えてようやく。
よりによって今年最後の更新なのに…という気持ちもあるんだけど、この嫌な気持ちを吐き出さずじまいで新年に持ち越すのも嫌だし、まぁ本厄イヤーの締めらしくって、これはこれでいっか!と思うことにしました。

こうして本厄は乗り越えたので、来年はよい年になりますよーに!
ん、後厄?なにそれ?

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自身の厄年体験

あけましておめでとうございます。2016年もブログの更新を楽しみにしております。

今回のブログは何だか自分の昔の厄年体験を思い出しました。 自分自身は、金銭トラブルでそれまで家族ほど大切にしていた親友と離れ離れの人生を歩む事になりました。 困った事があれば直ぐに駆けつけてくれ、悲しい事も私以上ひ悲しんでくれる。嬉しい事も自分の事の様に喜んでくれた。今でも忘れていないです。
しかし、彼女は金銭面にとてもルーズで、ずっと我慢していたものと、このままでは彼女もダメだなぁと諦めました。それ程もうどうしようもなくなってしまいまして、ある日私は彼女との関係を断つことを選択しました。もう親友ではいられない。もう連絡しないでほしい。 あの時とてもキツく伝えました。彼女は素直に指示した通り連絡をしてきませんでした。彼女は今までにない程悲しんでいました。必要でない事まで相手に伝えたかな...と反省する部分はあったけれど、当然の事を伝えただけだ!と自分は満足していました。
一年程が経ち、私は毎日平和な日々を過ごしていた。
自分で決めた事、自分が相手に伝えたすべて、ちょっと
あと少しもうちょっとだけ彼女と話し合うべきだったかなと思い、ある日勇気を出して電話してみました。
連絡しても電話の呼び出し音はありますが、相手は出てくれません。もうあれから何年も経つけれど、彼女とは思い出の場所、思い出の曲、思い出の涙、思い出の討論、思い出の笑い、全部思い出しては懐かしくて会いたくなる時があります。 自分が言い出しっぺなのに、悔しく情けなく思う時もあります。 今も彼女に電話をかけるけど応答してくれません。
全ては縁がなかったと割り切るべきかもしれないのですが、私は彼女が今もどこかで幸せである事を心から祈っています。金銭トラブルは親友を奪ってしまった。
この出来事から私は現在の友人との関係性をしっかりと考える様になりました。
2016年はあなたにとって素敵な年になると思います。
人生には波があります。波が無くては前に進みません。
きっと今は大きな波待ちです。しかも大きくて勢いの良い前進する波だと思います。 応援しています。

あけましておめでとうございます!

コメントありがとうございます!
返事が遅くなってごめんなさい。
厄年…やはり皆それぞれに色々あるもんですね。
辛い思い出を赤裸々に綴っていただいてありがとうございます。
何だか胸打たれるものがありました。
金銭トラブルは、自分自身では経験ありませんが、周りでは何度か聞いたことがあります。
でもお金が絡むと、血縁でさえ関係が崩壊しかねなかったりするので、本当に恐ろしいですよね。

>彼女とは思い出の場所、思い出の曲、思い出の涙、思い出の討論、思い出の笑い、全部思い出しては懐かしくて会いたくなる時があります。
この一文、物凄く共感してしまいました。
わたしも疎遠になってしまった友人で一人、こんな風にふとした折に思い出す友人がいます。
でも多分そう思っているのはテクマクマヤコンさんだけでなく、親友だった彼女も同じようにテクマクマヤコンさんのことを想っているんじゃないかなぁ…と思いますよ。
重ねた時間が同じなら、相手を思い起こす時間も等しいんじゃないかと。
片方だけが一方的に思い出してばかりなんてことは絶対にないはずです。
それに、無理に縁がなかったと割り切る必要もないと思います。
まだまだ人生は続くわけですし、思わぬところでまた道が重なる可能性だってゼロじゃありません。
一度は親友になれた訳ですから、それだけで十分な縁深さはありますしね。
人生何があるか分からない!
わたしも先述の友人については、全く保証なんてないけれど、心のどっかでまたいつかどこかで会えるだろうと信じているし、きっと今頃わたしのことをふと思い出しているはずだ!とさえ、図々しくも思っています(笑)

2016年、テクマクマヤコンさんにとっても素敵な年になりますように!
今年もよろしくお願いします♡
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